東京高等裁判所 平成9年(ネ)636号 判決 1997年11月10日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人四国新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二万円及びこれに対する昭和六〇年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人北日本新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被控訴人高知新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被控訴人山陽新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 被控訴人京都新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
七 被控訴人南日本新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
八 被控訴人北国新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
九 被控訴人中国新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
一〇 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
一一 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
一二 この判決の第二項ないし第九項は、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人四国新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二五万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人北日本新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二五万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人高知新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二五万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人山陽新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二五万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
6 被控訴人京都新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二五万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
7 被控訴人南日本新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二五万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
8 被控訴人北国新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二五万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
9 被控訴人中国新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、各自金二五万円及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
10 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
11 第2項ないし第9項につき、仮執行の宣言
二 被控訴人ら
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
事案の概要は、次のとおり改めるほかは、原判決「第二 事案の概要」のとおりである。
一 七頁四行目から八頁一〇行目までを次のとおり改める。
「本件は、控訴人が名誉毀損による損害賠償請求として、請求の趣旨のとおり、被控訴人ら新聞社に対して各二五万円、被控訴人共同通信社に対して被控訴人ら新聞社と各連帯して各二五万円の支払及びこれに対する昭和六〇年九月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。」
二 一二頁三行目の「社団法人である。」を「社団法人で、平成九年現在新聞社、日本放送協会等六二社が加盟し、放送局、新聞社、通信社等の国内配信先は八〇か所を超える、我が国の最も代表的な通信社である。」と改める。
三 一五頁七行目の末尾に、次を加える。
「以下、更に敷衍して述べることとする。
被控訴人共同通信社は、都道府県に最低一か所支社局を設置し、所轄管内ごとに配信記事の掲載状況を日常的に把握し、本社で集計しており、各加盟社の掲載状況の問い合わせに対しても、原則として応じるシステムを取っている。すなわち、通常の読者から右掲載状況の問い合わせがあった場合は、加盟社の新聞がすべて揃っている国会図書館において調査、確認することができ、必要なら該当紙面の複写も可能である旨説明しているが、勾留中の被疑者等自ら調査、確認することが困難な者からの照会の場合は、被控訴人共同通信社が掲載状況を明らかにすることとしている。
また、加盟社は、すべて問い合わせに応じることができるが、著作権に配慮して複写申込みの趣旨を聞いた上でコピーサービスに応じる新聞社、あるいは来訪者には複写を認める新聞社、さらには県立図書館等へ行くよう勧める新聞社等があり、その具体的な対応には新聞社によって幅がある。
国会図書館は、問い合わせに係る新聞紙数等によって対応に幅があり、例えば勾留中の者から一度に六〇紙を超える検索依頼があった場合は、新聞紙名を教示した上で、知人や代理人が来館して調査するよう求める可能性が強い (乙二三)。」
四 一六頁一行目及び一〇行目の各「被告」をそれぞれ「被控訴人ら」と改める。
五 一七頁一行目を次のとおり改める。
「2 被控訴人共同通信社の本件配信記事及びそれに基づく被控訴人ら新聞社の本件各記事は、控訴人の名誉を毀損するものか否か及びもし名誉毀損が成立するとすればそれによる控訴人の損害額
(一) 控訴人の主張
被控訴人共同通信社の本件配信記事及びそれに基づく被控訴人ら新聞社の本件各記事は、そのほとんどが虚偽の事実であり、控訴人は、右記事内容に関して事前に被控訴人らの誰からも一切取材を受けておらず、極めて杜撰な記事が一方的に作出され、かつ、掲載、頒布されたものである。本件各記事の見出し、構成及び本文の記述等によれば、本件各記事を読む一般読者は、控訴人が「千人斬りの会」を作ってビジネスに悪用したり、海外でカメラを失くしたと偽って保険会社から保険金を詐取したりしたなどと受け止めるか、少なくともそのような印象を受けるのであって、本件各記事が控訴人の名誉を著しく毀損したことは明らかであり、これが真実でないことはもちろん、これを真実と信ずることの相当性もない。
(二) 被控訴人らの主張
被控訴人らは、本件配信記事及び本件各記事を公共の利害に関する事実について、専ら公益を図るために配信し、あるいは掲載、頒布したものであり、かつ、被控訴人らにおいてその内容の主要な部分が真実であり又は真実であると信ずるについて相当の理由があったから、不法行為は成立しない。
(1) 公共性、公益目的性
ア 本件各記事のうち、不法行為が問題になり得る部分としては、「デパート関係者らと『千人斬りの会』というハントグループを結成して、ビジネスに利用するダーティーな才覚をいかんなく発揮していた。」等(以下「第一部分」という。)、「酒もかけ事もやらない甲野が、女と並んで熱中していたのが、口先だけで多額の金をだまし取れる『保険』だった。」(以下「第二部分」という。)、「『日本でカメラを買って保険をかけ、米国で売り払う。その一方で“盗まれた”と警察に届け、帰国後、保険金もせしめたことがある、と甲野は自慢していました』とニューヨーク在住の知人はいう。」等(以下「第三部分」という。)、「五三年には、甲野の会社が倉庫に使っていたアパートが不審火で焼け、商品のランプ類が水浸しになる事件が起きる。この時、甲野は『保険には入っていない』 とウソをついて、“火元”の部屋の住人を追及、保険金とは別に弁償金を取っている。」(以下「第四部分」という。)の四つの部分が挙げられる。
イ 第二部分ないし第四部分は、控訴人の妻花子が一九八一年八月、米国ロサンゼルス市内のホテルで襲われた殴打事件(控訴人の殺人未遂被疑事件、以下「殴打事件」という。)及び控訴人と花子が同年一一月、同市内で銃撃された事件(控訴人の保険金殺人被疑事件、以下「銃撃事件」という。)の重要な情状事実又は控訴人の人間性等に関する事実で、犯罪と密接に関連するから、公共性及び公益目的性を有することは明らかである。
ウ 殴打事件は、控訴人が花子を被保険者とする生命保険金等を取得する目的で、予て愛人関係にあった乙山と花子の殺害を共謀し、乙山が花子をハンマー様の凶器で殴打したが、殺害の目的を遂げなかったというものであり、また、銃撃事件は、花子を被保険者とする生命保険金等を取得する目的で、丙川某と花子の殺害を共謀し、丙川某が花子を銃撃して殺害したというものであり、控訴人の愛人乙山との関係は、殴打事件の動機に密接に関連し、女性との交遊関係も、右両事件の重要な背景事情及び情状等と密接な関連性を有する。したがって、第一部分は、犯罪と密接に関連するから、公共性及び公益目的性を有することは明らかである。
(2) 真実性、相当性
被控訴人共同通信社の社会部記者である薗部英一の証言調書等の証拠によると、第一部分ないし第四部分は、すべて真実であるか、又は被控訴人らにおいて真実と信ずるについて相当の理由があることが明らかである。すなわち、
ア 第一部分については、控訴人の供述、伊勢丹の信頼できる立場にある牛沢修一労務担当部長の調査結果がある。
イ 第三部分については、前記薗部記者の証言調書のとおり、控訴人の知人カオリ・ターナーから、控訴人の知人サチ・ボーデイーの発言として取材したもので、その真実性は、薗部記者からの右両名に対する最近の電話確認によっても明らかである。被控訴人共同通信社の牧野和宏記者の取材による、銃撃事件で逮捕された丙川某が接見した弁護人に対し、カメラを使った同種の保険金詐欺を控訴人と共に行った旨話した事実に照らしても、カオリ・ターナー、サチ・ボーデイーの発言の信憑性は高い。
ウ 第四部分については、当該アパートの大家からの取材、被控訴人共同通信社の小山鉄郎記者による控訴人の元妻の再婚相手からの取材、被控訴人共同通信社の岡崎和人記者に対する控訴人の電話供述によって、控訴人が保険に入っていなかったと述べて火元の男性から弁償金を取得したことが明らかであり、また、被控訴人共同通信社の備前猛美記者による控訴人経営の会社の営業部長水上晴由に対する取材、控訴人執筆の書籍「不透明な時」の記述から、火災で損傷した商品には保険が掛けられており、控訴人が保険金を受領したことが明らかである。
エ 第二部分の趣旨は「保険というものは、使い方によっては口先だけで金を騙し取れる可能性があり、そのような保険を控訴人が通常の人よりたくさん掛けている」というもので、控訴人が騙し取ったという表現は一切使用していない。第二部分は、基本的には第三部分及び第四部分を総合評価したものであるから、同様に真実性及び相当性が認められる。」
第三 当裁判所の判断
一 消滅時効の成否
原判決一七頁二行目から二七頁二行目までを、次のとおり改めた上でここに引用する。
一七頁三行目の「一」を「1」と、同五行目の「二一」を「二一、二三、二四の1、2、二六、三二」と、同六行目の「1」を「(一)」と、一八頁一行目の「組込む」を「組み込む」と、同三行目の「2」を「(二)」と、同末行の「3」を「(三)」と、一九頁一〇行目の「4」を「(四)」と、二〇頁末行の「徳島新聞社社団法人」を「徳島新聞社」と、二一頁五行目の「5」を「(五)」と、同六行目の「(一)」を「(1)」と、同一〇行目の「(二)」を「(2)」と、二二頁三行目の「(三)」を「(3)」と、同六行目の「(四)」を「(4)」と、同九行目の「(五)」を「(5)」と、二三頁二行目の「(六)」を「(6)」と、同五行目の「(七)」を「(7)」と、同六行目の「ページ」を「頁」と、同九行目の「(八)」を「(8)」と、二四頁一行目の「6」を「(六)」と、同二行目の「(一)」を「(1)」と、同五行目の「ページ」を「頁」と、同六行目の「(二)」を「(2)」と、同九行目の「(三)」を「(3)」と、二五頁一行目の「(四)」を「(4)」と、同五行目の「(五)」を「(5)」と、同七、八行目の「郵送による複写サービスも行っている。」を「量が多い場合は応じられないが、発行年月日及び頁が指定されれば郵送による複写サービスも行っている。」と、同九行目の「(六)」を「(6)」と、二六頁二行目の「(七)」を「(7)」と、同四、五行目の「郵送による複写サービスも行っている。」を「発行年月日及び頁ないし記事が指定されれば、郵送による複写サービスも行っている。」と、同六行目の「(八)」を「(8)」と、同一〇行目の「(九)」を「(9)」とそれぞれ改める。
二七頁一、二行目の「郵送による複写サービスも行っている。」を次のとおり改める。
「発行年月日及び記事内容あるいは頁が指定されれば、郵送による複写サービスも行っている。館外から被控訴人共同通信社の配信記事のコピーと加盟社一覧表を同封して、右記事がどの新聞社に掲載されたかどうかについて調査依頼があった場合、六〇社以上の検索等著しく労力がかかるときは断ることができる扱いである。勾留中の者については事案に応じて検討されるが、弁護人、知人等に来館するよう求める場合もある。
(七) 被控訴人共同通信社について
被控訴人共同通信社は、東京本社のほか全国都道府県に最低一か所支社局を設置しており、右支社局において所轄管内の加盟社の配信記事掲載状況を日常的に把握し、これを本社に報告しているが、被控訴人共同通信社への問い合わせに対しては、個別に対応している。
(八) 控訴人は、前記のとおり平成四年三月二五日までには、弁護人が調査会社に依頼して行った調査結果の報告により、あるいは十数人の民間の協力者が各地方で自発的に収集して送付した記事等により、被控訴人ら新聞社が被控訴人共同通信社の加盟社であって、その規模が約六〇社に上り、被控訴人共同通信社の配信記事に基づいて各記事が掲載される本件配信システムを理解していた。そこで、弁護人と相談した上、記事の掲載が確認された各加盟社に対し、前記のとおり内容証明郵便を送付し、更に損害賠償請求訴訟を次々に提起した。しかし、被控訴人ら新聞社が本件各記事を掲載したことまで把握したことを認めるに足る証拠はない。」
2 民法七二四条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、同条で時効の起算点に関する特則を設けた趣旨に照らし、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味するものである(最高裁(二小)昭和四八年一一月一六日判決民集二七・一〇・一三七四参照)。被害者の名誉を毀損する新聞記事が掲載、頒布された当時(被控訴人共同通信社による本件配信記事の配信のみで名誉毀損が成立するものではなく、配信先の各新聞社がこれに基づく記事を掲載して初めて名誉毀損による損害が発生する。)、被害者が身柄を拘束されていたために右事実を的確に知ることができず、賠償請求の相手方を事実上特定して認識し得る状況になかった場合においては、その状況が止み、被害者が加害者による新聞記事の掲載、頒布の事実を確認したとき、初めて「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」に当たると解するのが相当である。すなわち、右規定の文言上単に調査すれば知り得たであろうというだけで「知リタル時」に該当するものではなく、原則としては現実に認識することを要するものと解される。ただ、一挙手一投足の手間で知り得たにもかかわらず、これをしなかったような場合(例えば、本件では被控訴人共同通信社においてその特定の配信記事に関する配信先における掲載状況の問い合わせに応ずるシステムが確立していて、相手もそれを了知している場合等)には、知ったものと同視できることがあるにとどまると解すべきである。
(一) これを本件についてみるに、前記事実及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
昭和五九年一月株式会社文藝春秋発行の「週刊文春」に控訴人に関する連載記事の掲載が開始され、それ以来控訴人に関する記事がいわゆるロス疑惑として新聞、週刊誌、テレビ等のマスコミに頻繁に取り上げられた。控訴人も、これらのおびただしい報道に重大な関心をもっていた。昭和六〇年九月一一日に逮捕された後も、新聞記者その他の者から新聞記事の差入れを受けるなどして、多数の新聞・週刊誌の記事を収集しており、これによって報道内容を相当程度把握していたと認められる。
また、前記のとおり、控訴人は、平成四年三月当時には、被控訴人ら新聞社を含む多数の地方新聞社が被控訴人共同通信社の加盟社であること及び本件配信システムを理解していた。そして、控訴人がそれより先の同年一月、報知新聞社が掲載した本件各記事と同一内容の記事について、同社を相手に名誉毀損による損害賠償請求訴訟を提起したところ、同社から訴訟告知を受けて補助参加した被控訴人共同通信社は、控訴人に対して、同年七月二二日本件配信記事を証拠として送達し、これによって控訴人は、右報知新聞社の記事が本件配信記事に基づくことを知った。その後控訴人は、平成七年七月二三日までの間に本件配信記事に基づく本件各記事と同一内容の記事を掲載、頒布した各加盟社を相手に名誉毀損による損害賠償請求訴訟を相次いで提起した。
これらの事実によると、控訴人において、平成四年七月二二日当時、加盟社が昭和六〇年九月一二日ないし一三日に、本件配信記事に基づく本件各記事と同一内容の記事を掲載、頒布したであろうことを認識することは可能であったということができる。
(二) 前記のとおり、控訴人において、平成四年七月当時被控訴人ら新聞社が本件各記事を掲載したか否かを実際に確認する手段としては、被控訴人ら新聞社への郵送による複写申込み、あるいはこれに応じない新聞社については同社の紹介先の県立図書館・資料館等の地方機関への郵送による複写申込みができる扱いが一応採られているということができる。しかし、これらの情報提供は、各新聞社、図書館等によってかなり相違がある上、事実上の運用として行われているもので制度的に確立されたものとまでは認め難いし、また、新聞社の郵送による複写サービスの前提として、多くの場合掲載記事の特定が要請されている。したがって、記事掲載状況の調査及び複写郵送等の措置が量の多寡や依頼者の立場(県内在住者か否か、身柄拘束の有無等)、依頼の趣旨・目的等に一切関係なく確実に保障され、運用されているとまではいえない。特に控訴人のように現に勾留中の者が、県外の新聞社、図書館等に対して調査を依頼するのは相当の困難を伴うものと推測される。
さらに、国会図書館については、東京二三区内の居住者は、最寄りの図書館を通じて複写の申込ができるが、国会図書館でそれが多大の労力を要すると判断された場合には、これを拒否されることがあり、例えば勾留中の者が被控訴人共同通信社の配信記事と加盟社一覧表を同封して、当該記事がどの新聞社に、いつ掲載されたかについて検索依頼した場合は、同図書館において加盟社の新聞を保管していることを明らかにした上で、弁護人、知人に依頼して来館し、調査するよう求めるとしており、必ずしも常に調査、複写郵送等の措置が制度として確保されているわけではない。
また、被控訴人共同通信社は、加盟社による配信記事の掲載状況を日常的に把握しているが、加盟社の記事掲載の問い合わせに対しては一律に調査の上、回答する等の措置を採ることはしておらず、具体的に対応している。
以上のような対応状況からすると、平成四年七月当時、勾留中の控訴人は、被控訴人ら新聞社が本件配信記事に基づいて本件各記事を掲載、頒布したことを知っていたものと同視することができる状況にあったと認めることはできない(各新聞社、図書館等への問い合わせ等には費用を要する上、確実に回答を得られるかどうかも明らかでない。被控訴人共同通信社は、勾留中の被疑者等からの照会に対しては、掲載状況の回答をする扱いである旨主張するが、その取扱いが平成四年当時において確立していたこと及びこれを控訴人が了知していたことを認めるに足る証拠もない。)。したがって、被控訴人らの消滅時効の完成の主張は理由がない。」
二 名誉毀損の成否
1 《証拠略》によると、控訴人は、乙山と共謀の上、昭和五六年八月一三日、当時の妻花子を殴打したという殺人未遂被疑事件(殴打事件)で昭和六〇年九月一一日逮捕され、以来東京拘置所に勾留されている被告人で、殴打事件について同年一〇月三日起訴され、昭和六二年八月七日、懲役六年の第一審有罪判決を受けたこと、また、控訴人は、丙川某と共謀の上、昭和五六年一一月一八日花子を銃撃して殺害したという殺人被疑事件(銃撃事件)で昭和六三年一〇月二〇日逮捕された後、同年一一月一〇日起訴され、平成六年三月三一日、無期懲役の第一審有罪判決を受けたこと、控訴人は、銃撃事件の起訴後、詐欺被疑事件(以下「詐欺事件」という。)で逮捕されたことが認められる。
2 被控訴人らの地位、被控訴人共同通信社による本件配信記事の配信及び被控訴人ら新聞社による本件各記事の掲載、頒布等については、前記のとおりである。
3 新聞記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる新聞記事が、被害者の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、成立し得る。そして、右記事の意味内容が社会的評価を低下させるものであるか否かは、右新聞記事についての一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきである(最高裁(二小)昭和三一年七月二〇日判決民集一〇・八・一〇五九参照)。また、新聞記事の掲載、頒布によって名誉毀損による損害が発生した後に被害者が有罪判決を受けたとしても、これによって新聞記事の掲載、頒布の時点において被害者が社会から受ける客観的評価が低下したという事実自体に消長を来すものではないが、右事実は慰謝料の額の算定に当たり裁判所の裁量により斟酌することができる (最高裁(三小)平成九年五月二七日判決裁判所時報一一九六・二参照)。
本件各記事のうち、第一部分は、控訴人の私生活における男女関係の醜聞について具体的事実を摘示するもので、控訴人の人格的価値について客観的評価を低下させるものである。第二部分ないし第四部分は、控訴人が保険会社から多額の保険金を騙取し、あるいは保険契約の事実を隠して賠償義務者から弁償金を取得した事実を摘示し、控訴人が保険金の騙取を目的とした殴打事件及び銃撃事件並びに詐欺事件の犯人であることが濃厚であるとの印象を一般に与えるものであり、控訴人の人格的価値についての社会的評価を低下させるものである。
したがって、本件各記事は、控訴人の名誉を毀損するものというべきである。
三 違法性阻却事由の存否
1 新聞記事による事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為には違法性がなく(刑法二三〇条の二第一項参照)、仮に右事実が真実であることの証明がないときでも、行為者において右事実が真実であると信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定され、不法行為は成立しないと解するのが相当である(最高裁(一小)昭和四一年六月二三日判決民集二〇・五・一一一八、最高裁(一小)昭和五八年一〇月二〇日判決裁判集民事一四〇・一七七参照)。また、刑法二三〇条の二第二項は、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなしている。
2 これを本件についてみるに、第一部分は、控訴人の男女関係の醜聞について具体的事実を摘示するものであるが、殴打事件及び銃撃事件の内容に照らすと、控訴人の女性との交遊関係は右両事件の背景及び情状等に密接に関連しているといえるから、右部分は公共の利害に関する事実に当たるというべきである。
次に、第二部分ないし第四部分は、控訴人が保険会社から多額の保険金を騙取したなどの事実を摘示するもので、控訴人の保険金に関連する過去の悪業を暴露したものであるが、殴打事件、銃撃事件及び詐欺事件の動機及び情状等と密接に関連しているから、右部分は公共の利害に関する事実に当たるというべきである。
3 また、右によると、本件各記事の目的は、専ら公益を図ることにあったということができる。
4 そこで、本件各記事につき真実性ないし真実と信ずるについて相当の理由があったか否かについて検討する。
(一) 《証拠略》によると、被控訴人共同通信社は、昭和五九年一月株式会社文藝春秋が『週刊文春』に「疑惑の銃弾」と題する連載記事を開始したのを契機として、同年二月ころから、いわゆるロス疑惑等について取材を始めたこと、第一部分は、被控訴人共同通信社の薗部記者が伊勢丹の労務部長牛沢から一〇数回にわたって取材したこと、牛沢は、同社の多数の従業員から直接事情聴取するなどして調査し、それに基づいて薗部記者に対し、同社の幹部職員や取引先の重役等によって構成された「千人斬りの会」という女遊びを目的とした会があり、控訴人もそのメンバーで、控訴人の会社が短期間内に簡単に口座を開設して伊勢丹と容易に取引ができたり問題商品が見逃されたなどの事情として、右の「千人斬りの会」の存在があることなどを情報提供したことが認められる。
しかし、右牛沢の調査書類は証拠として提出されておらず、牛沢の調査対象者本人や控訴人に対する直接の取材はされなかったこと等に照らすと、第一部分の重要な部分について真実であるとの証明があったということはできないし、また、これを真実であると信ずるについて相当の理由があったということもできない。
(二) 前記(一)の証拠によると、第三部分は、薗部記者が昭和五九年春、控訴人の知人でロスアンゼルス在住の元ダンサーのカオリ・ターナーに取材したところ、同人は、控訴人と親しい間柄にあったサチ・ボーデイーから、控訴人が昭和五一、二年ころサチ・ボーデイーに対し、日本で買ったカメラに保険を掛けて米国で売り、警察には盗難届けを出して、帰国後保険金の支払を受けたことがあると話したことを聞いたこと、薗部記者は、本訴提起後の平成七年六月、国際電話でカオリ・ターナーにこの点について確認し、さらに、同年七月、国際電話でサチ・ボーデイーに聞いたところ、サチ・ボーデイーは控訴人から右の話を何回も聞いており、この話はカオリ・ターナーにも話したことが確認されたこと、また、被控訴人共同通信社の牧野記者は、昭和六三年一一月、丙川某の弁護人から、接見の際に丙川某から控訴人と共謀してカメラの盗難を偽装して保険金を騙取したことがあると話していたと聞いたことが認められる。
しかし、サチ・ボーデイーの話は当該控訴人の行為の時期、内容等について具体性に欠ける曖昧なものであり、また、薗部記者は、昭和五九年当時にはサチ・ボーデイーには直接取材をしておらず(伝聞の更に伝聞ということになる。)、控訴人のカメラの盗難の時期、警察への盗難届け及び保険金取得の有無等について、その裏付けとなる取材や控訴人に対する直接の取材を行っていないし、丙川某の話も極めて具体性に欠けるものである。したがって、右部分の重要な部分について真実性の証明があったということはできないし、真実と信ずるについて相当の理由があったということもできない。
(三) 前記(一)の証拠によると、第四部分は、被控訴人共同通信社の小山記者が昭和五九年一月控訴人の元妻の再婚相手に取材し、備前記者がそのころ控訴人経営の会社の営業部長水上に取材し、薗部記者が同年春ころまでに控訴人の賃借アパートの大家に取材し、警察で取材した結果に基づくものであることが認められる。
しかし、重要部分の控訴人が保険を掛けていなかったと偽った上で加害者から損害の賠償を受けたとの的確な証拠はない(右取材はいずれも伝聞である。)。保険会社を特定した上で保険が掛けられていた物件の範囲及び保険金の支払につきその裏付けの取材をした形跡のないことはもとより、加害者たる火元の部屋の男性には取材しておらず、控訴人に対しても直接の取材はしていない。そもそも、損害保険金の支払がされた場合には、商法六六二条により、保険会社は、被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権に代位するから、被害者は加害者からと保険会社からと二重払を受けることはできないはずである。この点から考えても、被控訴人共同通信社は、十分な裏付け調査をすべきであったのに、これをした形跡は認められない。したがって、右部分の重要な部分について真実性の証明があったということはできないし、真実と信ずるについて相当の理由があったということもできない。
(四) 前記(一)の証拠によると、第二部分は、第三部分及び第四部分を総括し評価したものであることが認められるが、第三部分及び第四部分についていずれも真実であったことの証明はなく、真実と信ずることに相当の理由があったとも認められないことは、前示のとおりであり、そのほか、控訴人が多額の金を騙し取れる保険に熱中していたことを裏付ける証拠はないから、右部分の重要な部分について真実性の証明があったということはできないし、真実と信ずるについて相当の理由があったということもできない。
四 損害額
被控訴人らの地位、本件各記事の内容、昭和六〇年九月一二日当時新聞、週刊誌、テレビ等で控訴人に関する多数の報道がされていたこと、控訴人がその後殴打事件で懲役六年、銃撃事件で無期懲役の第一審有罪判決を受けたこと、本件各記事の掲載、頒布から既に一二年が経過し、控訴人において本件配信記事の存在を知ったことが明らかな時からも五年余りが経過していること、その他本件記録に表れた一切の事情を総合的に考慮すると、控訴人が被った精神的苦痛を慰謝するには、本件各記事につき各二万円とするのが相当であり、各被控訴人ら新聞社及び被控訴人共同通信社は、控訴人に対し、不真正連帯により、右損害及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年九月一二日(ただし、被控訴人四国新聞社及び被控訴人共同通信社については同月一三日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払をすべき義務がある。
第四 結び
よって、控訴人の請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 稲葉威雄 裁判官 大藤 敏 裁判官 橋本昇二)